先日、もう何年ぶりだろうか、親父に会いました(妻が親父に会うのは初です)。

少なくとも、一緒に席に着き、飯を食って、酒を飲んだのは10年以上ぶり。そして、鹿児島をちょっと案内してもらいましたが、そうした観光チックなことは、25年ぶりくらいでしょう。
そう松原の親父は、現在は親父の生まれ故郷の種子島のある鹿児島県の鹿児島市に住んでいます。
一緒に暮らしていた時は、東京でした。
松原の家は、私が18の時、離婚しているんです。もう22年が経ちました。
私の兄と妹は、親父が大学の仕事でちょくちょく上京していたので、頻繁に会っていたようです。
私だけが殆ど会っていませんでした。
というか、意識的に避けていました。
親父は、私のことが一番気になっていて、兄、妹から「親父が会いたいと言っているよー」ということは何度となく伝えられていました。ずっと無視していました。
理由は色々とあります。少なくとも離婚が理由ではありません。
そんな私も歳をとったのでしょうか。
最近、たまに、今親父が亡くなったら、やっぱり後悔するかなっ?なんてことを考えるようになり、今回は私から連絡。
親父は素直に喜ぶタイプではありませんが、電話で喜んでいたのは伝わります。
「俺がホテルをとってやる!」と親父らしくないコメント。きっと親父らしいことしたいのかな。っと思い、甘えました。
しかし、取ったの予約だけでした。お金は私が払いました。やっぱり親父は親父でした。。。笑った。。。
親父ももう、とっくに70超え。予想通り、動きは”おじさん”から”おじいさん”になっていました。
しかし、相変わらず研究で南九州を車で取材で飛び回っているらしく、安心しました。
(車には”もにじマーク”をつけるように言っておきました。)
私の親父は、考古学者なんです。しかもほぼ独学で。そこだけは心から”尊敬”しています。本も沢山だしているし、テレビにもちょくちょく出ていました。”小さい頃は”自慢の親父でした。
お土産に、googleで親父の名前を検索してあげました。
すると、出てくる出てくる。パソコンとは縁のない親父。相変わらず表情にはだしませんが、喜んでいるのが分かります。
TUTAYA ONLINEでは、アーティストのカテゴリーに親父の名前と本がありました。これも笑った。。
また近々、遊びに行こうと思います。
「次は、こことあそこに行こう!」そう言われたら行くしかないですもんね。
次回はホテルの予約から自分でします!
松原良太